2010年2月6日土曜日

死者は生者を助ける

読売新聞2010年1月22日朝刊の”編集手帳”から一部抜粋して紹介する。

◆欧米にくらべて遅れている検視制度を改るべく、警察庁が近く研究会を発足させるという◆警察が一昨年扱った”異状死”約16万体のうち、検視官が現場に立ち会ったのは9.7%にとどまる。解剖せずに「自殺」と判断して犯罪が見逃された事例がなかったかどうか。研究会は検視官や解剖医の増員に向けた具体策などを議論するという

近頃話題の結婚詐欺殺人容疑女に関連して書かれたのだろうか。 まあそれはそれとして、たったの9.7%というのは「異常」だろう。しかもこの数値は検視官が現場に立ち会ったケースであり、実際に解剖されたケースはさらに少ないはずである。現役医師で作家の海堂尊の著書(なんだったか忘れた)によれば5%無かった気がする。ちなみに異状死とは超簡単に言うと「よくわからない死」のことである。「よくわからない」というのは犯罪による死の可能性があるということだ。犯罪の可能性があるにもかかわらず、ほとんど解剖されない理由は次の2つである。

  1. 解剖医の不足
  2. 解剖にかかる費用

1については、医師の気持ちとしてエキサイティングじゃないから志望する人が少ないのではないか。「死体をいじるのは研修で十分」、「医師は病気を治すもの」と考えていれば解剖医の選択肢は無いだろう。まあこれは推測だが。

2については、司法解剖の場合は国がお金を出してくれるのだが、1体の解剖でたったの7万円である。実際には解剖にかかる費用、組織の検査、臓器の保存、その他の様々な費用がかかるため、解剖するたびに病院の持ち出しとなる。なぜこのような事態となっているのかがよくわかる一文を紹介する。パトリシア・コーンウェルの女性検屍官シリーズの『接触』で主人公の検視官が同僚に嘆いた言葉だ。

私たちが十分な予算をもらえることは絶対にないわ。
死人は投票しないから。

予算の増額はもちろん望むところだが、解剖にかかる費用や解剖医不足を補う方法として海堂尊はAI(オートプシー・イメージング)を推奨している。AIとは死亡時画像診断や死亡時画像病理診断のことである。AIを実施することにより、目視による体表の確認だけではわからない体内の異常を確認し、解剖が必要かどうかの切り分けができる。この切り分けが非常に大事で、これが行われなかったために何らかの犯罪性の異常を見落としてきたケースが無かったとは言えない。我々の想像以上に日常の中に「殺人」が潜んでいるかもしれない。

安心して暮らせる国を作るためにも、現在の検視制度を早急に見直す必要がある。

本記事とは直接の関係は無いが、パトリシア・コーンウェルの女性検屍官シリーズの翻訳者である相原真理子が1月29日に亡くなった。謹んで哀悼の意を表します。

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